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エピソード3: メディナの嘘つき少年

首都チュニスの大通りハビブ・ブルバギ通りの風景を見ていると、まるで自分がアラブ系住民の多いフランスの地方都市でも歩いているかのように錯覚してしまう。ここは正真正銘アフリカの大地なのに。街の両側にはフランス風のカフェが並び、ブルバギ通りにはとても立派な教会まである。教会のステンドグラスはリのサンジェルマンデプレの教会の内装を思わせる。

ブルバギ通りは途中でフランス通りに変わり、その通りの終わりにはメディナへの入り口となるフランス門と小さな広場がある。
1979年に世界遺産に登録されているチュニスメディナは反対側まで歩いて行くのにも40分ぐらいかかる小さな都市そのものだ。迷路のように入り組んだ細い道を奥の方まで商人達は実に器用に歩いて行く。自分がどこにいるのかわからないのは観光客だけだ。

さて、このメディナには有名な嘘つき少年がいる。観光客相手に「写真を撮るのにとてもよいバルコニーがすぐそこにある」と話し掛けてくる。彼の「すぐそこ」という言葉を聞いて「まあ見てみるか」とついて行くと迷路のようなメディナの細道を右へ左へと帰り道がわからなくなるまで歩く羽目になってしまう。バルコニーがあるという建物にたどり着いたが2階に絨毯屋が入っているのが見えたので「絨毯は家にたくさんあるからいらないよ」と念を押した。

「そんな目的ではない」と少年は言い張る。「どうせここまで来たのだから」と建物の中に入ってみる。バルコニーといっても多少メディナが見渡せる程度の建物の屋上だ。観光客相手にとても馴れた喋り方を聞いて、まあただではすまないだろうとは感じていたが、少年いわく「ここからすぐそばに歴史的な建物の学校があって、事故で片足を怪我してしまった僕のお兄さんの香水屋もそこにあるんだ」と言う。そして「店じまいをするので今日が最後の日だと」言う。

実にうまい切り口だが、ここまで連れて来てくれたお駄賃としてみやげ物屋の香水の小瓶を一つぐらい買ってあげてもいいか、と思いつつ彼の後をついていった。それほど歴史的な価値のある建物かどうかはわからないような学校に来ると例の香水を売っているというお兄さんの店も紹介された。「お兄さんのわりには年が離れていて顔も似てないね」と一言釘をさすと、お兄さんとやら人が待ったなしに商売を始めた。「どの香水が欲しいのか」、と。

特別に香水が欲しいわけでないけどいくらなのかたずねてみた。土産物屋で2−3ディナールしかしないような小瓶が10倍以上の値段だ。もうすでに香水は買ったので値段はよく知っているよと言ってやった。すると今度は自分のガイド代として10ユーロくれないかと少年は言う。なるほど、10ユーロとは謙虚ではない。「今日はお茶代しか持って来てないからね。無理だよ」と言い放った。そう、何も持っていないと言えばそれ以上構われなくてすむからである。「同じ頭を使うなら今日一回だけで
2度と顧客が来なくなるような商売をするのでなく、明日以降も収入が得られるような商売をすればいいのに」と、この若くして才能のある語り口の少年を見て思った。

フランス門の近くにあるお店で銅のお皿を買うことにした。親切そうなチュニジア人の店のオーナーに、今日会ったその少年について聞いてみた。多分メディナの中では有名な嘘つき少年だと思ったからだ。「ああ、あいつはいつも観光客相手にそうなんだ。もう一人の人はお兄さんじゃないし。そこで香水を買わせることであの少年は手数料を稼ぐのさ」まあ、勿論そんなことであろう。

店のオーナーは随分と教養がある人で、なぜここで皿を売っているのだろうとも思えるような人だった。彼はとても興味深い話を色々と教えてくれた。私はいつかチュニジア旅行について書くときは必ず、この「チュニスメディナの小悪魔」についての章を設けることを約束して、買ったばかりのお皿にアラビア語でマクトゥーブと彫ってもらった。なぜマクトゥーブなのかと店主が尋ねるので、ある本で読んだその言葉の意味にとても興味を持ったと説明した。最後にチュニジアにはまたいつか戻ってくるのかと尋ねる店主に、私は「マクトゥーブ」といって返事をした。その言葉を聞いて店主は嬉しそうに笑顔で見送ってくれた。



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